 |
□■ 絵 心 の ま ま に □■
第一章:ボクの履歴
第三節:魅惑の油絵
水彩には、主に透明水彩と不透明水彩の二つがありますが、
小学3年生のそれまでとは違い、小学4、5年生には不透明水彩の存在も知る事となります。
透明水彩は前節でも述べた様に、重ね塗りするごとに大変複雑で綺麗な発色をしますが、
それに対して不透明水彩は下色に色を重ねても下の色は透けない。
つまり上色が下色を完全に埋めつくし、見えなくなります。
(厳密には濃い色の上に淡い色を重ねると下色は透ける事もある→例,
下色が青で上色に黄を重ね塗りすると、下色の青が黄を透して黄緑に見える等)
ちなみにボクはこの不透明水彩を小学5年生の時に、ポスターカラーという物で知りました。
それは、学級単位でのポスター創りで色を塗る際に使った物でした。
(水彩絵の具といえばチューブに入った物しか見た事のない当時のボクは、
ガラスの瓶に入ったそれを 興味深々で見て、そして恐る恐る使っていました)
当初ボクはまだ透明水彩と不透明水彩の違いに無知で、初めてポスターカラーを目の当たりにして、
ズバリ!「こんなに沢山入った瓶の絵の具があるんだ」としか思わなかったのです。
先生にチューブ入りのポスターカラーもある事を教えてもらうと、
お袋におねだりして買ってもらった事をよく覚えています。それで、学校の絵の道具カバンに
さっそうとそのポスターカラーを加え、図画工作の時間に備えました。
ところが(と言うか、その時は当然の事なのだが)透明と不透明の認識の浅いボクは、
図画工作の時間、ゴチャまぜでそれら絵の具を使ってしまったのです。
(別に悪い事ではないですが、あまりおススメも出来る事ではありません)
要するにボクはポスターカラーを、単に瓶に入った便利な透明も不透明も区別のない水彩絵の具と
認識してしまっていたのです。間違った認識で、結果は当然画用紙の画面が苦悩かつにぎやかな物
であった事は言うまでもありません。(そんな程度のよい物ではなかった様に覚えています)
小学5年のクラスメートに、悔しいけれど絵の上手な(当時は本当にそう思ったのだろう)
女の子が一人いて、ボクは彼女の描いている姿を影でよく観ていました。
ちょうど画用紙の画面が苦悩に満ちていた頃でもあった為でしょう。
彼女の描くモノ全てがすごくスマートに見えたのです。
しかも彼女は不透明な水彩絵の具を巧みに扱い、綺麗な花や風景を写実的に描いていたのです。
小学生になってからボクの中に沸々と“絵だけは誰にも負けない”と言った、
妙な自信が芽生えていたのですが、彼女を観ていて、自信喪失になりました。
[そんな過去の実績も根拠もない薄っぺらな自信なんぞ]彼女の前では全く通用しなかったのです。
ある日、ボクは彼女が実は“絵を習いに行っている”って事を、他の女の子達から聞いたのでした。
“なるほど!”納得でした。
女の子達が言うには、彼女は小学3年生位から油絵を習っているらしいのです。
当時習い事の定番と言えば、そろばんや習字、それにピアノ。
勿論絵や英会話なんてものもあるにはありましたが、
いずれも裕福な家の子が行く様なイメ−ジでした。
(単なるイメージで何の根拠もないし、今は英会話も絵画も普通の習い事としてあるけれど、
だとしても当時は本当にそうだったかもしれない)
それを聞いて、ボクは納得と同時に教室の掲示板にある彼女の作品を見上げてました。
いつもこっそり描く姿を観ていましたが、改めて作品を観上げて一つ気がついたのです。
学校の図書室によくある、貸し出し禁止の洋画図鑑。
その中の巨匠達の油絵に、彼女の絵のタッチが似ていたのです。
(もう時効ですが、ボクはよく貸し出し禁止の洋画図鑑を勝手に家に持ち帰って、観いっていました)
当時、ボクはまだ油絵がどんなモノなのか知らなかったのですが、巨匠達の絵を観る度に、
「こんな風に描けたらなぁ」と憧れていたものです。
彼女の絵は、図鑑のそれと感じが似ていて、それが困惑したボクの頭に喝を入れてくれました。
彼女は絵に興味を持った途端、右も左もなく油絵をならった訳で、
ごく自然に不透明水彩の要領を身に付けていたのです。
(のちにボクも油絵を習い、その極意を知る事になるのですが)
だから油絵の具と形態が似ている不透明水彩<ポスターカラー>を使うのはお手のものだった訳です。
(実際は、ポスターカラーと油絵の具とでは大きく違う物ですが)家に帰ってお袋に彼女の事を話し、
絵を習わさせてほしい事を伝えると、親父に相談してからと言われまた。
そして、親父にもお袋に言った通りに話すと、意外にも親父はあっさりとOKを出したのでした。
(それまで習字や簡単な英会話等、色々習い事をしたけど何一つまっとうした事がなかったので、
また続かないと反対されると思っていたのです)
彼女から絵画教室を教えてもらうと、小学校での土曜日の授業は最悪でしたが、
また土曜日の午後が待ち遠しくてなりませんでした。
(その頃の土曜日の小学校の授業は、ボクの大嫌いな国語・算数・社会だった様に記憶)
絵画教室は意外な所にあり、子供の足で歩いても家から2分程でした。あまりに近いのでボクは、
「いつもよく通っている所なのに何故もっと早くに気がつかなかったのだろう」と思いました。
かくしてボクも、めでたく油絵を習う事になった訳で、初めての油彩はまたまたとてつもない驚き
と感動を与えてくれました。いわゆる水彩のそれとは全く異なるものだったからです。
水彩(この場合の水彩とは透明水彩の事)の透き通るような質感に対して、油彩は塗壁の様なドッシリ
とした感覚に包まれ、今想えば当たり前なのですが、絵筆が重いのです。それにひどく油臭いし、
手や服が汚れ、またその汚れがなかなか落ちない。“なんていうものに手を出してしまったのだろう”
(最近では無臭の油絵の具や、水拭きで汚れが落ちるといった油絵の具があり、
便利というか科学の力は偉大ですね)それでもやはりボクは毎週土曜日が楽しみで、
金曜日から“ソワソワソワソワ”と落ち着きがありませんでした。
何回か絵画教室に通っているうちに、油彩の感触にも慣れてきて、
かつての水彩の様にいろいろな物を描ける(それなりに)様になったボクは、
それまで手の届かない存在だった難しい図録や、美術館の展覧会に多大な興味を待ち、
よく観ていました。興味を持つという事は、人に壮大な力を持たせるもので、
当時、活力や記憶力・想像力【創造力】等がすごい勢いで活性化していくのを感じました。
先人達の偉大な作品を図録や美術館等で観て、ボクはその当時思い付く限りの手法を凝らし、
自分なりに真似をしたものです。
先人達の偉大な作品を図録や美術館等で観て、ボクはその当時思い付く限りの手法を凝らし、
(ボクだけが例外ではなく、世の中の画家といわれる人達の大半が、その時その時の巨匠の作品を真似
たり研究したりしているののでしょう)昔からよく言ったもので、見よう見真似とはまさにこの事です。
毎週毎週いろいろな花や置き物、布や彫刻物を油彩で描きました。
描くと、教室の一角にある掲示棚に自分の作品を置きました。
当然ですが油彩は乾かすのにかなり時間が架かります。翌週末、新作を描き終えると、
その前の作品が手元に返ってくるといった具合で、自身の作品がどんどん増えていきました。
それらの作品を持って、親父やお袋の前で自慢げによく語ったものです。
(この経緯から察して、当時から今に至までボクの性格はほとんど変わっていない様です)
このようして小学5,6年生の週末はあわただしく過ぎ、ボクの絵心は好奇心の旺盛さも合わさって
一段と膨らみ続けたのです。
2002年7月執筆
|

見出しへ
|
|
|
|
|