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□■ 絵 心 の ま ま に □■


illustration /Ti.Bikke



前 書 き

 自分の部屋を与えられたのは、今からずぅッとさかのぼって、小学校5年生の秋でした。

(だったと言うのも、もう随分前の事で記憶が今一あいまいで‥‥‥)

親父の造った部屋が、自分の部屋と知って無茶苦茶感激した事を今でもよく覚えてます。

それまで平家だった実家<うち>に鉄骨の2階が増築されて、

子供心にいったい何が出来るのかワクワクしたのがつい先日の様に思い出されます。

 勉強はもっぱら親父の机でこなしていたから、なんか落ち着かず、

いつもソワソワしながら叱られやっていました。(と言うのはウソで、実は勉強が大嫌いで

しょうがなかっただけ<苦笑>)ところがある秋のいい天気の日に、親父から言われました。

『ケンチのだゾ!この部屋は‥‥‥』

(ケンチとは幼少より親父や親父方の親戚の叔父さんらに呼ばれていたあだ名)

 見事な位に完璧な部屋を目の前にして、ボクは身体が震えるのを押さえながら部屋の中

に入りました。港の叔父さん(親父の長兄で、当時名古屋市の港区どんこに住んでいた事か

ら親父にそう教え込まれていた)や繁の叔父さん(親父の次兄)、ヒロの叔父さん(親父の弟)

らが日曜日とかにやってきて、親父と共に力を合わせて造り上げたその部屋は本当に手造

りの温もりが伝わってくるものでした。

 部屋が出来るまで、1階の居間の片隅にベッドを措き布団を引いていましたが、

その日から早速ボクは自分の部屋で寝ることにしました。

ベッドを担いで2階に上がり部屋に据え付けました。

重いはずのベッドも、その時は軽く感じました。

晩飯を終えると観たいテレビもそっちのけで2階に上がり、部屋での夜を待ち遠しくして

いました。いざ夜になるとなんだか興奮して眠れなかった事、今では懐かしく思います。



 この部屋で、今日まで様々なイラストや絵画を描き、そして多くの作品を、ある時は

印刷物にまたある時は原画として輩出してきたのです。


                           
 2002年7月アトリエにて




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